安芸まくら 蒼竜社 2008/8
これは小説アイスの掲載作だったから、木原専用機かと思われていたHollyから出たのかな。
実はこの著者のアラブものは趣味に合わずにきちんと読めなかったことがある。…途中から斜め読みした。それにもともと食わず嫌いなので別に読むつもりもなかったのだが、ある方の感想を拝読して興味を持ってしまい、いくつか他の方の感想も読んでみたらどれも好意的な評価だったので、どうしようかと悩んだ。
気になる、読んでみたい。
でも、私は切ない系の作品を読むとひどいダメージを受けて軽く3日ぐらい立ち直れないことがあるので、それなりの覚悟とパワーが必要で。
うだうだと悩んでそれをこの日記にも書いた。あとで読み返したら「泣いちゃいそうで読めな〜い」と書いてる文章があまりに自分のキャラとかけ離れているようで気持悪くなって削除したのだが、削除前にその記事を読んでくれた友人が「それほど重苦しくならないから大丈夫」と言ってくれたので、怖々(だけど速攻で)買ってみた。
ありがとう、読んでよかった。
追記。
この作品の設定を知って真っ先に『博士の愛した数式』を思い出し、ちょっとぐらいは引き合いに出すつもりだったが、読んでいるときにまったく思い出さなかったのでやめておいた。
ネタバレ感想
---------------------------------------------------
すごく濃厚な話で、まず読み応えだけでも満足だった。薄味の話を読みたい気分のときもあるけど、ストーリーに引き込まれていく感覚と読後の余韻こそが物語を読む醍醐味だと思うので、やはり内容は深ければ深いほど満足度も上がるような気がする。
17年分の記憶を失い、最新の記憶も13分しか保てないという重度の記憶障害の櫂は、覚えておきたい事柄は常に更新していかないと忘れてしまうし、眠れば必死で繋ぎとめた記憶もリセットされてしまう。そんな彼の視点で語られる夏の一日。
櫂の視点は時々過去の記憶と混線してしまったり、ぼんやり混濁してしまったりする。そして記憶がリセットしてしまうたびに深く悲しみ、不安になる。それも読んでいて痛々しくなるのだが、事情が見えてくると、恋人である津田のやるせない気持ちのほうが切なくて泣けてくる。櫂が(徐々に失いつつあるが)思い出せる記憶の中に津田は存在しないので、「初対面」のたびに自己紹介をしなくてはならない。櫂を混乱させずになんとか無難に自分の存在を認識してもらえるのが、津田が最初に名乗った「ハウスキーパー」という肩書きらしい、というのも泣ける話だ。
いきなり男同士で恋人だといえば混乱するだろうけど、親友とでもいってしまえば、毎回もっとスムーズに関係が築けるような気もする。けど、あえて少し距離を作るところに、津田の切ない気持ちが見え隠れしているような…。
転生ものならロマンティックにも感じる「出会うたびに新たに恋をする」という設定も、この場合はひどく悲しい。虚しくなってしまいそうだ。実際に津田がこの関係に疲れて出て行ったとしても、櫂は別れに気づくことさえできないわけで……。それでも津田は櫂の世話をして、毎日かどうかは分からないが口説いているらしい。で、結構な確率で(?)拒絶もされているのだろう。それでもそばにいるんだから、ものすごい純愛だと思う。
想いが通じ合ったとしても、櫂が眠ってしまえばなかったことになってしまう儚い愛情だけに、とても貴重でかけがえのないものに思える。だからこそ美しい、といってしまうのはこの場合は残酷に感じるが。
たとえばこれが恋人同士でなくて、家族のような愛情だったら、もっと二人とも楽だったとは思うけど、だからといって恋愛感情がなくなってしまうことが幸せだとは思いたくない…。
櫂も眠るときは怖いだろうな。死ぬこと=自分の思考がなくなってしまうこと、として死を怖がる人もいるぐらいだから、たとえ18年分の記憶は消えないにしても、眠るときに死ぬような恐怖を感じる日も多いのだろう。津田が「(櫂は)セックスしないと眠れない」と言っていたのは、そういうことなんだろう。切ない…。
花火を見ているときにいきなり出てきた「渡瀬さん」が、本来、津田が愛していた恋人の姿らしい。(先生なのかな。主人公たちの経歴がよく分からないので気になる…)
櫂と同じ人とは思えないような雰囲気の人だが、なんというか、やっぱりどちらも愛おしく感じて、線を引かずにどちらの年齢の櫂も愛している津田の気持ちが理解できるところがよかった。
露天風呂で腕に書かれた「愛してる」の文字を見つける場面では涙が出てしまった。それから旅館で一度眠ってしまった櫂が目を覚まし、津田のことを好きだという感覚を覚えていた場面も感動的だった。
きっと記憶障害がよくなっていくことはないんだろうし、ますます悪化しているようなのが切ない。だから続編があるとしても、読みたいような読むのが怖いような気分…。
でも、明日には櫂本人が忘れてしまっても、津田の心の中で愛し合った「魔法」は解けないから、二人は大丈夫なんだろうなあ。きっと。
ところで。前半に出てくる機織のことや櫂が経営していたという店のことは最後まで詳しく語られることがない。これらは何かの伏線なのかと思っていたのだが、もしかして櫂がそうした自分に関する謎でさえ記憶に留めておけないということを表現するために、あえて残してあるのかな、とちょっと思った。彼は津田と「親しくなった後」にそういう疑問を思い出して質問することができないから…。
分からなくても話に支障がないし、かえって全部説明されるより深みが増したような気がする。
読む前も設定から意味がなんとなく分かるので好きだったけど、読後はもっとしみじみと、いいタイトルだなあと思った。
これは小説アイスの掲載作だったから、木原専用機かと思われていたHollyから出たのかな。
実はこの著者のアラブものは趣味に合わずにきちんと読めなかったことがある。…途中から斜め読みした。それにもともと食わず嫌いなので別に読むつもりもなかったのだが、ある方の感想を拝読して興味を持ってしまい、いくつか他の方の感想も読んでみたらどれも好意的な評価だったので、どうしようかと悩んだ。
気になる、読んでみたい。
でも、私は切ない系の作品を読むとひどいダメージを受けて軽く3日ぐらい立ち直れないことがあるので、それなりの覚悟とパワーが必要で。
うだうだと悩んでそれをこの日記にも書いた。あとで読み返したら「泣いちゃいそうで読めな〜い」と書いてる文章があまりに自分のキャラとかけ離れているようで気持悪くなって削除したのだが、削除前にその記事を読んでくれた友人が「それほど重苦しくならないから大丈夫」と言ってくれたので、怖々(だけど速攻で)買ってみた。
ありがとう、読んでよかった。
追記。
この作品の設定を知って真っ先に『博士の愛した数式』を思い出し、ちょっとぐらいは引き合いに出すつもりだったが、読んでいるときにまったく思い出さなかったのでやめておいた。
ネタバレ感想
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すごく濃厚な話で、まず読み応えだけでも満足だった。薄味の話を読みたい気分のときもあるけど、ストーリーに引き込まれていく感覚と読後の余韻こそが物語を読む醍醐味だと思うので、やはり内容は深ければ深いほど満足度も上がるような気がする。
17年分の記憶を失い、最新の記憶も13分しか保てないという重度の記憶障害の櫂は、覚えておきたい事柄は常に更新していかないと忘れてしまうし、眠れば必死で繋ぎとめた記憶もリセットされてしまう。そんな彼の視点で語られる夏の一日。
櫂の視点は時々過去の記憶と混線してしまったり、ぼんやり混濁してしまったりする。そして記憶がリセットしてしまうたびに深く悲しみ、不安になる。それも読んでいて痛々しくなるのだが、事情が見えてくると、恋人である津田のやるせない気持ちのほうが切なくて泣けてくる。櫂が(徐々に失いつつあるが)思い出せる記憶の中に津田は存在しないので、「初対面」のたびに自己紹介をしなくてはならない。櫂を混乱させずになんとか無難に自分の存在を認識してもらえるのが、津田が最初に名乗った「ハウスキーパー」という肩書きらしい、というのも泣ける話だ。
いきなり男同士で恋人だといえば混乱するだろうけど、親友とでもいってしまえば、毎回もっとスムーズに関係が築けるような気もする。けど、あえて少し距離を作るところに、津田の切ない気持ちが見え隠れしているような…。
転生ものならロマンティックにも感じる「出会うたびに新たに恋をする」という設定も、この場合はひどく悲しい。虚しくなってしまいそうだ。実際に津田がこの関係に疲れて出て行ったとしても、櫂は別れに気づくことさえできないわけで……。それでも津田は櫂の世話をして、毎日かどうかは分からないが口説いているらしい。で、結構な確率で(?)拒絶もされているのだろう。それでもそばにいるんだから、ものすごい純愛だと思う。
想いが通じ合ったとしても、櫂が眠ってしまえばなかったことになってしまう儚い愛情だけに、とても貴重でかけがえのないものに思える。だからこそ美しい、といってしまうのはこの場合は残酷に感じるが。
たとえばこれが恋人同士でなくて、家族のような愛情だったら、もっと二人とも楽だったとは思うけど、だからといって恋愛感情がなくなってしまうことが幸せだとは思いたくない…。
櫂も眠るときは怖いだろうな。死ぬこと=自分の思考がなくなってしまうこと、として死を怖がる人もいるぐらいだから、たとえ18年分の記憶は消えないにしても、眠るときに死ぬような恐怖を感じる日も多いのだろう。津田が「(櫂は)セックスしないと眠れない」と言っていたのは、そういうことなんだろう。切ない…。
花火を見ているときにいきなり出てきた「渡瀬さん」が、本来、津田が愛していた恋人の姿らしい。(先生なのかな。主人公たちの経歴がよく分からないので気になる…)
櫂と同じ人とは思えないような雰囲気の人だが、なんというか、やっぱりどちらも愛おしく感じて、線を引かずにどちらの年齢の櫂も愛している津田の気持ちが理解できるところがよかった。
露天風呂で腕に書かれた「愛してる」の文字を見つける場面では涙が出てしまった。それから旅館で一度眠ってしまった櫂が目を覚まし、津田のことを好きだという感覚を覚えていた場面も感動的だった。
きっと記憶障害がよくなっていくことはないんだろうし、ますます悪化しているようなのが切ない。だから続編があるとしても、読みたいような読むのが怖いような気分…。
でも、明日には櫂本人が忘れてしまっても、津田の心の中で愛し合った「魔法」は解けないから、二人は大丈夫なんだろうなあ。きっと。
ところで。前半に出てくる機織のことや櫂が経営していたという店のことは最後まで詳しく語られることがない。これらは何かの伏線なのかと思っていたのだが、もしかして櫂がそうした自分に関する謎でさえ記憶に留めておけないということを表現するために、あえて残してあるのかな、とちょっと思った。彼は津田と「親しくなった後」にそういう疑問を思い出して質問することができないから…。
分からなくても話に支障がないし、かえって全部説明されるより深みが増したような気がする。
読む前も設定から意味がなんとなく分かるので好きだったけど、読後はもっとしみじみと、いいタイトルだなあと思った。
コメント
私が安芸さんだったとしても、たぶん、語る必要はないと思って書かないですね。感覚の問題だけど「必要ない」。たとえば木原さんの「美しいこと」でも、松岡の仕事が何系がわからないですけど…それと同じ感覚かな…。うまく説明できなくて、すみません。
同感です!と書きたいところですが、もしかして意味合いが異なっていたりするかもしれないので、ちょっと自信はないです…。一本調子で語るより、詳しく書くところとぼかすところと分けてメリハリをつけるとか、説明過多は雰囲気を損なうとか…そういう感じかなあと。うーん、自分の言葉に変換するのが難しいですが。
純文学ならむしろ行間で語る(あえて説明を省く)箇所がないと薄っぺらい作品だと思われそうですが、このジャンルではちょっと珍しい書き方かもしれませんね。
曖昧さは好まれないというか、すべての事柄に関連づけと意味づけをして説明しないと「なにそれ、意味わかんない」と言われちゃいそうで…。素直というか、額面どおり字面どおりに読む方が多いような気がします。ラストシーンも余韻を残すより、きっちり白黒つけないといけないようなところがありますし。
…とか書いてる私も分かりやすい単純なストーリーのほうが好きだったりしますが、定型パターンより、バリエーションを楽しみたいなあと思っています。
すみません、だいぶ話が逸れてしまいました…。
「語る必要がない」ということに対しても、「なんで」と言われそうな気がしてしまって、長々書いてしまいました。