恋愛時間

2009年3月18日 木原音瀬
オークラ出版 1997/12(文庫は2002/01)

BL作品の中で最も好きな作品のひとつ。
いままで何度か感想を書こうとしても、どうしても踏ん切りがつかずにいたのだが、そろそろ試しに書いてみたくなった。書き足りなくて、そのうちまた書きそうな気もする。

小説にくらべて漫画のほうが感想が書きづらい。感覚的に読んでしまうことが多いので、もやもやっと感じたことが頭の中に広がっているんだけど、うまく文章化できずにそのうち拡散して消えてしまう。
『恋愛時間』は小説だけど、私にとっては感覚に訴えてくるところが大きい作品で、大好きなんだけど感想は書きづらいなあと思っていた。

以下、ネタバレ
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「恋愛時間」
主人公の有田がすごく好きだ。この人はとくに美形でもないし、もちろん(?)セレブでもない。ごく普通の会社員。二十代で課長になるぐらいで、仕事はできるほうだが、大企業に勤めているわけでもないし、石を投げれば東大卒、二十代の社長に当たるBLというジャンルでは、かなり地味な設定だと思う。
でも親切で優しくて、仕事もできるし、さっぱりとした性格の男前。ツボです。もうものすごくツボにはまるキャラ設定。
彼が大きく人と違うところは、男と駆け落ちした弟がいること。しかも普通の男じゃなくてストーカーだってところがすごい。有田はこの弟の恋人とも話したことがあって…必要以上に同性愛に対して警戒心が強い。
というわけで、後輩の広瀬に告白された有田は強く拒絶し、ちょっとやりすぎなんじゃないかと思うほど意地悪なことを言ったりする。事情が分かっているので嫌な感じはしない。それに広瀬に辛く当たってしまった後は、有田はものすごく気にするので、かえって有田のほうが気の毒になってしまうほど…。
強いけど弱い部分もある。人間的で、等身大だけどカッコいい有田に惹きつけられ、気付くと作品世界にどっぷり浸りこんでいる。こういう作品は読んでいて気持ちがいい。
派手なエピソードはないけど、ちょっとずつ広瀬との距離が縮まっていく過程が丁寧に描かれている。あらすじを説明するだけでは作品の魅力が伝わりにくいが、読んでいて情景が目に浮かぶような、印象的なシーンが多い。感想が書きづらくなる原因はこのあたりかも。
広瀬もわりと好き。一言でいえば優しくて冴えない男。ヘタレっていうような可愛いイメージではなく、まあとにかくモサっとしててトロい。仕事も丁寧だけどとにかく時間がかかるので、できる男のイメージもまったくない。「これが自分だから」なんて開き直ってマイペースになっていれば、多少は軽やかな感じだろうけど、広瀬の場合はそこで開き直らないところに一本筋が通っていて、頼もしさはないけど、人間的に信頼できるタイプ。
この鈍くさい男は有田への想いを自覚するのに(出向で離れていた時期もあったけど)、実に6年もかかっている。でも、そのぶん?一途で、いじらしい。有田に拒絶されても、具合が悪そうな彼を放っておけず、強引に車で送ったりするあたり、ホントいい奴だなあと。
有田の気持ちが少しずつ広瀬に傾いていくのも納得ができる。一途に想われてるからってだけじゃなくて、なんか一緒にいて気持ちが安らぐんだろうなあと。
でも広瀬はトロい上に鈍い子なので有田の気持ちの変化にはまったく気付かず、餞別に(同情で)キスしてもらったと思い込み、本社に出向してしまうのだった……。
そして残された有田は深夜にラジオをつけ、広瀬への想いを自覚する。素敵なラストシーンだ。
雨上がりの海岸線もすごくよかった。


「恋人時間」
こちらは広瀬の視点。有田を想う気持ちは相変わらず強くて、自然と応援してしまうのだが、とにかく読んでいて焦れったい、歯痒い。あれだけ露骨に気持ちを伝えていたくせに、なんでこう押しが弱いのか。すぐに電話しろって言われてたのに、1ヶ月も放置とか。しっかりしろ!と、どやしつけたくなる。
そんなわけで広瀬の視点なのに、なぜか有田が頑張っている姿のほうが目立つ……。しかも有田は同僚に「広瀬は男前だ」ぐらいのことを言っていたらしく…かなり恋しちゃってるのが伝わってくる。
有田のほうから誘ってくれてるのに、据え膳もスルー。いや本当に有田が気の毒な場面でした…。
そして気まずいからといって、また1ヶ月も電話もしないで放置してしまう。…このヘタレが。しかもまたしても有田のほうから食事に誘ってきたのだが、間が悪いので有田の目の前で、広瀬はすごい美人の同僚に抱きつかれ…。なんだかもう有田がかわいそうだった……。
ここまでいくと、有田じゃなくても「彼女ができた」なんて嘘をつきたくなるだろう…。これも嫉妬してのことではなく、女と付き合ったほうが広瀬のためになるんじゃないかという、泣かせる理由でついた嘘なんだけど。
で、やっぱり広瀬なので、そう言われても有田を帰してしまい、翌日になってからやっと追いかける。そこからはお決まりの甘い展開になったわけだが、ラストはすごく切ない。
…弟が男と駆け落ちして家の中がメチャクチャになったという過去を持つ有田にとって、男同士で付き合うということは普通の人以上に覚悟のいることで、痛みを伴う。それでも広瀬と付き合おうと決心する有田の想いの深さと男らしさが感動的。


「兄の恋人」
BLの続編で第三者視点になってしまうのは、個人的な趣味としてかなりガッカリだ。本編が面白ければ面白いほど、主役カップルへの思い入れも増すから、第三者=邪魔という感じになってしまう。
そういうわけで、広瀬のもっさりとした弟の視点で、しかもブラコンの広瀬の妹がふたりの関係を邪魔するというストーリーは入り込みにくかった。こういうパターンはもういいよ、という気分で読み進めていくうちに、驚きの展開が…。
さすが木原作品。妹が恋人だと偽って「広瀬と別れて」と迫ると、有田はあっさりと身を引いてしまう。この場面が痛い。ものすごく痛い。
有田は少し強張った顔をして妹に会い、淡々とした態度で「広瀬と別れる」とだけ告げる。取り乱したりしないし、悲しそうな顔もしない。「広瀬をよろしくお願いします」と頭まで下げて見せる。
このときの有田の心情を、有田の視点で逐一書かれるより、第三者の視点で語られるほうが余程痛い場面だ。上手い……。上手いからこそ、有田の気持ちが伝わってきて痛い。
広瀬に裏切られたと誤解してるのに、広瀬のためを思って何も言わずに潔く別れられるぐらい強く、しかも本人に浮気の有無を確かめられないぐらいに弱い…。本当に広瀬が好きなんだと分かってしまう場面で、何度読んでも切ない。
広瀬と別れた直後に、有田は映画館に行って一人で泣く。部屋で泣けない気分だったのか、気晴らしに映画を観るつもりで出かけて、泣いてしまったのか。これも泣けてくる場面だ。
で、次は誤解が解けて妹が反省して…なんてありきたりなハッピーエンドがくるのかと思っていると、これもこない。けど、広瀬は有田のもとへ帰って行き、広瀬の妹はただのワガママではなく、兄のことを本気で心配して別れさせようとしていたのだと分かる。守りたいと思う人がいると、どうしても安全策をとってしまうものだと思う。彼女が世間体を気にするのは広瀬を守るためで……。物分りよく「わたしは味方だから」とは言えなかった気持ちには、すごく共感できた。…応援してあげてほしいとは思うけど。
現実の厳しさが痛い話だが、痛さより切なさが強く、最後には暖かい気持ちになれる。いい話だった。


「海岸線」
「兄の恋人」で別れてしまったふたりが、縒りを戻す場面だけの短い話。
最初は広瀬のかなり一方的な(といいたくなる)片思いから始まった関係が、ここにきて逆転…というほどではないけど、シーソーの傾きが逆になってしまったように有田は感じている。そんなことはないだろうと思うんだけど、まあ広瀬は相変わらず優しすぎて押しが弱いので、有田の想いのほうが強いように見えるのも確かで。有田の不安は消えないんだろうなあと…。
この時点で有田はすっかりカッコ悪くなってしまい、二股をかけられてもいいと思ってしまうほど弱くなっている。…そこまで恋に溺れてしまっているというラスト。甘さと切なさが混じっていて好きだ。
でも、広瀬、頼むからもっともっと有田を幸せにしてやってくれよ、といつも思ってしまう。


何度読み返しても、感動で溜息をつきながら本を閉じることになる作品。

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