波津彬子(岡本綺堂原作) 朝日新聞出版 2009/11

九尾の狐とか殺生石の話は、大筋は知っていたものの、まあ詳しくは知らなくて、以前から興味はあった。やっぱり面白い。
波津さんの漫画化が本当に見事な作品。
人物の魅力を丁寧に描写し、しっとりと不気味な雰囲気を出しつつも、ストーリーはテンポよく進み、迫力と緊迫感がある。玉藻の前の美しさ、雨の日の再会、祈祷の場面、ラストなど、漫画という表現の真骨頂という感じで読み応えがあった。

ネタバレ
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傾国という面白いモチーフで、しかも幼馴染の青年・千枝太郎との恋が主軸になっているのがよかった。単に大妖怪の怖さや退治までの戦いを描くのではなく、人情や切なさが織り交ぜられているので、玉藻の前がすごく魅力的。
妖怪なのでもちろん悪いことしかしないわけだけど、千枝太郎に対してだけは非情になれず、彼が自分を調伏する陰陽師・安倍泰親の弟子になって現れても、排除しない(できない)し、助けてしまう。彼が心変わりをしそうになると、その相手をとり殺してしまうという執心ぶり。これがとっても切なくて、彼女が退治されてしまうラストに安心しつつも、哀れみを覚える。
九尾の狐に取り憑かれた少女・藻が好きだった千枝太郎がどう出るのかも、この話の見所だった。彼が自分を救ってくれた師匠を裏切ってしまうのか、それとも玉藻の前の執着に悩まされるだけで彼女の思いには応えることはないのか。結局どちらでもあり、どちらでもなかった。彼が玉藻の前の恋心に応えるのは、彼女が封じられた後だった。
千枝太郎が玉藻の前に同情するだけで終わっても切ないラストだったと思うけど、最後に恋を取り、師匠に味方したのは間違いだった、一緒に地獄にでも堕ちると言って、命を捧げてしまうのが耽美でいいなあと…。
このタイミングが、この話を美しくしていると思う。妖狐が封じられる前に師匠を裏切って助けようとしたら、それは納得がいかなかったはず。相手はたくさんの人を殺してきた妖狐だから、千枝太郎の選択は間違いであり、裏切りではあることに変りはないんだけど、封じられてしまった後だから、切ないばかりで……。

それにしても陰陽師の師匠がカッコよすぎる。玉藻の前は残酷な妖怪なんだけど、いっそ痛快というほど強力で美しいので、そんな彼女と直接対決する正義の側が見劣りするようだと話としてちょっと厳しいんだけど…。彼が人格的にも素晴らしく、言動も格好いいことで、さらに話が盛り上がった。
千枝太郎を救うことができなかった師匠の最後の台詞が、この話を一層美しくしていると思う。
師匠が千枝太郎を見事に救ってハッピーエンドでも、それはそれで美しかったと思うのは、やっぱり私の特殊な趣味のせいですか…?

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