白水社 2006/04

若いころは読む気になれなかったけど、『翻訳夜話2』で訳者解説を読んで、手に取った。

この作品、日本では白水社しか翻訳出版権を持ってないんだそうで。
なんか意外だった。あちこちから出てるのかと思ってた。
しかも、翻訳者の解説をつけてはいけないという契約になっているそうで、だからわざわざ『翻訳夜話2』のほうに解説を載せたらしい。
…普通の翻訳者では、やりたくてもやれないだろうなあ。出版しても、解説メインの本って売れない気がするし。

この作品にネタバレってあるのかなあ?
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若いときに、超有名な『ライ麦畑で捕まえて』を避けて通ったのは、「訳知り顔で社会に反抗する若者の話とか、無理…」と思ったから。
ちなみに「訳知り顔で」というのは私が勝手に持った印象で、「社会に反抗する」という部分は国語の資料集の紹介文に書いてあったもの。
高校生の時の私は「主義主張もない、若い人間の反抗って、多くの場合は社会に対する甘えでしかないよね~。人の役に立つことをしてるわけでもないのに、文句だけは一人前ってことでしょ?」と苦々しく思っていて、『ライ麦畑~』も同じ括りで見てしまっていた。
長い前置き終わり。

実際に読んでみて、思っていたより読みやすかったし、面白かった。
ストーリーの筋がどこに向かっているか分からないのに、語り口はやけに軽妙というところが、主人公の不安定さを表現してるように感じた。
主人公のホールデンにシンクロできれば感動するかもしれないけど、若くない私には無理だった。
読み応えはあるけど、あまり考えさせられずにさらっと読めてしまう。
ホールデンに対して「ちょっと立ち止まって、深呼吸をするといいよ」とか「空を見上げてごらん」とか、そんなアドバイスをしたくなった(笑)

彼は反抗をしているというより、ただ打ちのめされて、疲れているように思えた。
誰もが持っているような、多少の問題はあるにせよ、差し迫った問題とか、深刻な問題はないのに、感受性が強すぎて、穏やかな気持ちになれないでいる。常に、ありもしない影に怯えているみたい。

彼は自分でも認めている通り臆病すぎて、兄や妹以外の人間には心を開けない。知らない女性に声をかけるのは平気だけど、昔のガールフレンドに電話をかけることはできない。親しい友人というものがいなくて、成績不良で退学になったことを話せる相手もいない。ようやく以前通っていた学校の先生に気持ちを話すんだけど、うまく理解してもらえず、夜中に頭を撫でられて(それがセクシャルな意味だと思い)逃げ出してしまう。
孤独といえば、孤独なのかもしれない。
兄とは物理的にも気持ちの面でも、ちょっと離れてしまっている。大好きな弟は死んでしまっていて、大好きな妹はまだ幼くて、頼るわけにはいかない。
精神的に頼れる相手が必要なんだろうと思うけど、本人が望むことは「大人のいないライ麦畑で子供たちを見守りたい」とか、「知り合いのいない土地に移り住んで、森のそばの小屋で引きこもって暮らしたい」とか、徹底的に他人と触れ合うことを拒否する方向。
ホールデンが語りかける「君」というのは、もう一人の自分であったり、読者であったり、はっきり定義できる存在ではないと思う。ただ、ホールデンにとって「君」という存在は、なんでも話せる相手らしい。兄にはなんでも話しているらしいけど、兄はいつも不在で、たぶん近くに戻ってくることはないんだと思う。
ホールデンに必要なのは、生身の「君」なんじゃないかな。話を聞いてくれて気持ちを理解してくれて、ときには意見してくれる存在としての「君」。
でも、彼は家族以外の人間と親しくなるのは怖いのかもしれない。
たぶん、彼はリターンよりリスクを先に考え、重視してしまう人間。孤独になることよりも、他人と触れ合って傷つけられるリスクを先に恐れるんじゃないだろうか。

まあ、結局のところ、何が言いたいのか、話がどこに向かっているのか、最後までよく分からなかった。
いろいろ深い意味とか考えずに読めば、わりとダラダラした話なんだけど、不思議なぐらい引き込まれる文章だった。
どこに向かっているか分からないお喋りが続いていくのに、退屈はしないし、なんかよく分からないけど読後にずっしりくる。重苦しいって意味じゃなく、知らない間に容量を食っていたというか、読んでいる間には気付かなかったけど、密度が濃かったというか。
この作品のどこがそんなに凄いのか私には分からない。でも、説明できない、感覚的な部分で手応えがある。音楽とか絵画に近いかもしれない。技術とか解釈とか難しいことは分からないけど、なんだか迫力があったよ、という感じ。

回転木馬のシーンが印象的。激しい雨が降る中、屋根の付いた回転木馬に乗っている、青いコートを着た妹を見守るというクライマックスの場面。
美しいとも切ないともつかないけど、目に浮かぶよう…。

コメント

”D”
2014年11月18日21:53

なるほど~~~と思いながら読ませていただきました!
…というか、正直かなり忘れているということがよくわかりました!(苦笑)
私もまた読んでみようとおもいました。季節的にはだいたいちょうどいいはず。

りょう
2014年11月18日23:15

長々とした感想にお付き合いいただき、ありがとうございます!
クリスマスの前の話なので、再読には確かにちょうどいい時期ですね。
読書の秋ですし。

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